ふもと旅館

黒川温泉の中心地に建つ「ふもと旅館」は、全ての浴槽で源泉かけ流しにしている。源泉かけ流しとは一度、源泉を浴槽に注いで、溢れた分はそのまま捨ててしまうという贅沢な湯使いのこと。 ただしそこには考え抜かれた工夫が施されている。この宿で使用している源泉は、複数の旅館にて共同管理されている。その源泉温度は95.8℃と非常に高温だ。適温で入浴するためには、加水して温泉を薄めるか、湯船に注ぎ入れる量を極端に減らさないといけない。加水すると肝心の温泉の成分が弱まってしまうし、湯量が少ないとお湯の入れ替わり頻度が悪くなり衛生的に入浴できなくなってしまう。 そのため、この源泉と、姉妹館「旅館 こうの湯」にある自家源泉（60.5℃）で熱交換を行い温度を下げることによって理想的な源泉かけ流しの状態を実現している。衛生的で新鮮な温泉を楽しんでもらうために、大変な労力を費やしているのだ。 泉質名は「ナトリウム－塩化物・硫酸塩温泉」。塩化物泉（食塩泉）と硫酸塩泉（芒硝泉）としての効果がダブルで期待できる。この温泉ならではの適応症は、きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症だ。 塩化物泉は通称「熱の湯」と言われる。入浴すると塩分が汗腺を塞ぎ、深部体温が上昇しやすく、入浴後のポカポカ感が長続きするからだ。冷え性は他の泉質の場合でも当てはまる適応症だが、塩化物泉は特に効果が高い。 また、塩分による殺菌作用から「傷の湯」とも言われる。 硫酸塩泉はナトリウムイオンと結びつくことで、高血圧症、動脈硬化症、外傷などに特に効果を発揮すると考えられている。さらに肌の蘇生作用(皮膚の弾力性を刺激してシワを防ぐ効果)があるので、「アンチ・エイジングの湯」または「若返りの湯」と呼ばれることもある。このような効果から硫酸塩泉は美肌の湯と呼ばれる条件のひとつとなっている。 泉質名に現れていない成分も見逃せない。メタけい酸が源泉1kgあたり305.9mgも含まれており、「温泉」の資格を得られる既定値(50mg/kg)の6倍以上となっている。メタけい酸は一部の化粧品の原料として利用されることがある天然の保湿成分だ。湯上がりにはしっとり肌になっているだろう。こちらも美肌の湯と言われる条件のひとつである。 メタほう酸も32.2mg/kg含まれており、既定値(5mg/kg)の6倍以上。肌の洗浄作用があり、ニキビなどへの効果が期待される。 リチウムイオンにも注目。1mg/kg以上の「温泉」基準値をクリアしている。抗うつ作用があると言われている。 そして、この温泉はpH6.7の中性。低刺激で浸かる人を問わない温泉だ。宿泊して館内で湯巡りをするもよし。また、肌を落ち着かせる効果が高い温泉なので、黒川温泉の湯巡りのシメとして立ち寄るのもよしだ。

いまや日本全国の温泉地の教科書的な役割を果たしているのが、熊本県の黒川温泉。山あいにある小さな温泉地であるが、ひとつひとつの温泉宿の個性を損なわず、それでいて温泉地全体の印象に統一感を持たせ、郷愁を漂わせるために植栽をありとあらゆるところに施し、都会人にとって昔懐かしい雰囲気を作り上げた。
その仕上げとして、黒川温泉は、1枚購入すると3軒のお風呂に入浴できるという「入湯手形」を販売し、温泉地全体を、浴衣を着たまま湯めぐりさせるように誘導して、それが大人気となった。
街全体を、ひとつの温泉旅館を捉えて一体感を持たせ、それが温泉ファンの共感を得たのだ。
今では全国の温泉地でも当たり前になったその「入湯手形」のアイディアを出したのが、ここ「ふもと旅館」の社長と女将さんご夫婦なのである。
宿は、川端通りという黒川温泉のメインストリートに建ち、客室数が全14室に対して、合計17のお風呂（男女別露天風呂×2、露天風呂を含む貸切風呂×11、客室露天風呂×3、足湯×1）というから、まさに温泉のデパート。
客室も素朴な和室が中心だが、別館にはベッド付きの露天風呂付き客室もある。
料理は熊本名物の馬刺しや肥後牛も饗され、それでいてリーズナブルな料金設定というから、すべてにおいて評価が高い。
まさに黒川温泉の全国区的な人気の要因を、この宿で感じる事ができるはずだ。
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