草庵秋桜

由布院温泉は、約700本の源泉井戸があるが、この宿も例にもれず自家源泉となっている。
しかも、館内の温泉は、すべて源泉かけ流し。
泉質はpH(水素イオン濃度)8.2の弱アルカリ性単純温泉。
単純温泉とは源泉1kgあたりの溶存物質が1,000mg以下の温泉のこと。だが「単純」という言葉とは裏腹に、非常に奥深い温泉となっている。
一般的に人間の肌は弱酸性(pH4.5～6.0)であるため、アルカリ性の温泉に浸かると皮膚表面の古くなった角質が溶けてツルツルとした肌触りになる。古い角質が取れるため、湯上がりには肌が生まれ変わったような感覚が得られるだろう。その効果により、(弱)アルカリ性であることは美肌の湯と言われるようになった。

溶存物質の半分近くを占めるのが、ナトリウムイオン(112mg)と炭酸水素イオン(191mg)だ。これらが結合してできるのが「重曹」である。美肌効果を謳っている市販の入浴剤の主成分は炭酸水素ナトリウム、つまり重曹であることが多く、まさにここの温泉はクレンジング系の天然入浴剤と言える。
一般的に市販の入浴剤の有効成分は、通常50～150mg/kg程度の濃さになるが、この温泉の溶存物質は645mgもあるので、比較すると4～12倍ほど濃いというのが分かる。
重曹は血行を促進し、また、乳化作用により石鹸のように皮膚の脂肪や分泌物を洗い流す効果がある。
重曹を含むことは泉質名には現れていないが、弱アルカリ性成分と相まって、肌のWクレンジング効果が期待できる貴重な温泉といえるだろう。この美肌効果は入浴直後も感じられるが、肌の新陳代謝が一通り進んだ3週間～1ヶ月後にも再度感じられると言われている。

メタけい酸も192mg含まれており、これは規定値(50mg/kg)の4倍近い数値となっている。メタけい酸は一部の化粧品にも使われている、天然の保湿成分とも言える物質である。湯上がりにはしっとり肌に導いてくれる美肌の湯だ。クレンジングだけでなく保湿までしてくれるとは、なんとも贅沢な温泉である。
とはいえ美肌の湯にも落とし穴が潜む場合があるので注意が必要。クレンジング効果により湯上がり後には肌が乾燥しやすい状態になっている可能性があるからだ。乾燥肌の方や、空気が乾燥しがちな冬季は、湯上り後に保湿クリームを塗ることをオススメする。

平成26年に鉱泉分析法指針が改訂され、初めて単純温泉ならではの適応症が定められた。泉質別適応症は自律神経不安定症、不眠症、うつ状態。これらは全て精神面に関する適応症で、これは単純温泉が、刺激が少なく優しい温泉があるがゆえに、リラックス効果が他の温泉よりも優れている事が所以かもしれない。また脳卒中のリハビリなどにも使用されることがあり、「脳卒中の湯」「神経痛の湯」と呼ばれることもある。そして、老若男女、浸かる人を問わない優しい温泉だから「家族の湯」とも称されるのだ。

憧れの温泉地と評判の由布院温泉の湯宿の中でも、今や「新御三家」と有識者から評価されているのがここ「草庵秋桜」。温泉街の中心地にありながら、お土産物屋などが並ぶ「湯の坪街道」から、一本横道に入った場所にあるおかげで、閑静な雰囲気が保たれている。
自家源泉の美肌の湯は、人気の露天風呂付き離れや、貸し切り露天風呂などで体感できる。
2017年には、あのJR九州の豪華寝台列車「クルーズトレイン ななつ星in九州」を誕生させたカリスマデザイナー水戸岡鋭治氏を招き、客室を中心に大規模なリニューアルを敢行した。
乗車プランの内容によっては100万円前後かかると言われる「ななつ星」列車と同等のデザイン空間に、旅館の宿泊料金で宿泊できるとあって、大人気となっている。館内の至るところに、ニッポンの職人の底力を感じさせる細工やデザインを見る事ができるからだ。
ところで、由布院の温泉旅館の料理が、全国で1，2位を争うと言われるほど評価が高いと言われている事はご存知であろうか。その要因を作ったのは、実はこの宿の初代料理長が、宿の経営者を通さず料理人だけで1998年に「ゆふいん料理研究会」を発足させた事に起因する。宿の垣根を越えてレシピの情報交換とともに、新作料理の発表会を定期的に行い、お互いの調理レベルの相互アップを図ったのだ。その流れを汲む料理人が、この宿の歴代の料理長を務めているのだから、おのずと「草庵秋桜」の料理レベルは想像つくだろう。
由布院ならではの、小規模高品位旅館の典型とも言えるこの宿は、肌に優しい泉質のアルカリ性単純温泉と同じく、お子様から年配の方まで、人を選ばないおもてなしの精神がスタッフ全員に行き渡り、ゲストは心地いい時間を過ごせることは間違いないだろう。
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